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リスタート(高校生 朝田さやかさん)

「雪、バレー続けるのか?」

第一志望に合格したと、中学校のバレー部の恩師に連絡した時のことだった。報告も終わり、軽い雑談の中でそう質問された時、「来たな」と思った。全ての県大会で優勝してきた私たち。惜しくも全国大会出場とは至らなかったものの、私自身は県の選抜チームにも選ばれ、年末いっぱいまで練習に励んでいた。同級生の三人はバレーの特別推薦で高校を決めていたが、私はどうしても学力トップ校に通いたくて、受験して合格を勝ち取った。

「勉強に専念しようと思います」

電話をかける前に、続けるか辞めるかは既に決めていた。「勉強に専念」なんて最もらしい言葉で誤魔化したけれど、それは本当の理由ではなかった。

「そうか、雪なら東大でも目指せるから頑張れよ」

「はい」

東大なんて、無理ですよ。喉から出かかった言葉を口にはせず、それとなく受け流す。そうして電話を切った後、胸中に広がっていたのは「やり切った」という爽やかな気持ちだった。

バレーを続けないと決心した理由は、これ以上良い景色を見ることはできないだろうと思ったからだ。私は誰よりも不器用だった。中学校に入ったすぐはパスさえ正確にコントロールできないくらい、どうしようもなく下手だった。私がキャプテンでエースだった小学校の時は、県大会でベスト8にすら入れなかった。そんな私たちの意識を変えてここまで強くしてくれたのは、中学校の恩師だった。先生にならついて行こうと、このメンバーで全国で戦ってみたいと本気で思っていた。反対に言えば、先生がいなくなったチームで私が上手くやっていけるとは思えなかったのだ。

最初は私がエースでキャプテンで、新チームがスタートした。けれど、私にはそれを全うできるほどの技術力も器もなくて、結局はエースを外され、キャプテンも変わった。必死に努力して、ただ努力だけで頑張ってきたけれど、みんなの才能に勝つことなんて出来なかった。先生がその努力を認めてエースやキャプテンにしてくれたことは分かっている。けれど、私の自信のなさのせいでその期待に応えることができなかった。優柔不断で、他人を叱れなくて、一番下手な自分。一度自分に付けたレッテルを剥がすことはできずに、結局はやり切ることができなかったのだ。

県選抜に選ばれた時、他のチームから来たメンバーが私を頼っているのが不思議で不思議で仕方なかった。選抜には私たちのチームからキャプテンとリベロも選ばれていて、私は他の二人と同じくらい上手くなんてないのに、二人と同等に扱われて頼られることがプレッシャーで仕方なかった。「雪はそんなに下手じゃないよ」とメンバーや選抜の先生が言ってくれるたびに、「そんなことないのに。下手なのに」という思いで埋め尽くされていく。そのプレッシャーが、知らず知らずのうちに私を蝕んでいた。

新しい高校で、中学校のチームメイトや選抜のメンバーでさえ誰もいないところに入れば、間違いなく同じことが起きる。どこまでいっても「優勝チームの副キャプテン」という肩書きが消えてくれないのだ。ゆくゆくはまたキャプテンになったら? エースになったら? 私にそんな器はないのに、またみんなが私を頼る羽目になる。だから、私は辞めるという選択を取ることによって、そのプレッシャーから逃げることにした。ただ、私はどうしようもなく弱い人間だったのだ。