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電子の世界で逢いましょう(大学院生 Reyoさん)

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2020年、ゴールデンウィーク。

例年ならばウキウキした気分を胸元に詰めて電車に飛び乗っている時期に、けれども僕はひとりには広すぎるアパートに居た。

新型コロナウィルス対策としての緊急事態宣言。感染拡大防止のために提言されたいくつもの事項のうち、県境を越えた移動の自粛、というのがひとりぼっちの理由だ。

この緊急事態宣言は5月25日を以て日本全国で解除されるのだが、当時の僕には伺い知れぬ未来の事。

そもそも片や大学院生、片や社会人のカップルにとって『なんの遠慮もなく休むことのできる大型連休』というのは非常に貴重だ。それも、最高に上手な乗り継ぎが出来ても片道3時間以上かかる遠距離恋愛なのだから余計に。

ポーン、と聞き慣れた音と共にスマホが震える。彼女からのメッセージだ。

『今回は諦めるしかないね』

4月頭に緊急事態宣言が発されてから、折に触れて『もしかしたら次のデートはお流れかな』と思っていた部分もあり、後はどちらから切り出すかの問題。

この時は彼女の方が早かった。

「うん、流石にね」

スマホに着信したメッセージに手早く返事を返しながらため息を漏らす。普段なら気にもならない自分の吐息が、その日はやけに大きく聞こえたのを覚えている。

全世界の研究者たちが総力を結集して、うっかり明日や明後日に画期的な対抗手段が生み出されないだろうか――絵空事だと判っていたから決して口には出さなかったけれど。

会えない寂しさを通話で紛らわせても、互いに触れ合えない物足りなさはどうしても埋まらなかった。

3カ月ほどたった夏の日には外出時にマスクをつけるのはとっくに常識になっていて、手指消毒も習慣化が進んでいた。

テレワークをはじめとした新しい生活様式が整い始めた夏休み、5月の帳尻合わせをするつもりでいた僕たちは予定のすり合わせに難儀していた。

普段であればお盆の前後で休みの日程が揃う。

しかし、今年は普段通りとはいかない。

テレワークでは賄えない作業をするため、そしてそういった時になるべく他の人と鉢合わせないために。いわゆる三密を避けるために、僕の研究室も彼女の職場もローテーション式の態勢を取っていた。

世間的に見て最高の対応だ。文句のつけようもない。

だけど、それぞれの都合で流動的に入れ替わる実験スケジュールや飛び飛びの出勤シフトはたった数日の休暇をすり合わせる事も困難にしていた。

「8月の2週目ならまとまった休みが取れそう」

『私、そこは出勤だ。その次の週は?』

「駄目だ。そこは大学に行かないと……動物の予定はどうしても動かせないから」

『ならそこを外すと、もう9月?』

7月の末頃からそんな連絡ばかり。

最後に顔を合わせたのが2019年末のクリスマスだったこともあり予定確認にも棘が混じり、お互いにどうしようもないことだと判っていても苛立ちは募る。

予想外の解決策を見つけたのは、行き場のないフラストレーションのぶつけ先もなく、連絡が間遠に、通話が短くなり始めていた矢先だった。