SainoMediaサイドストーリー (希以子)

来週の土曜日。

楽しみな日までは同じ長さなのに、長く感じる。

希以子は、職安の帰り道、夕暮れに染まる空を見上げて思った。

無職になってから、夕暮れはなんとも悲しい色に見えていたが、今日はちょっとキラキラしているように見えた。

「キレイ」

素直に口をついて言葉が出た。

いつもの溜息交じりではなかった。

義光の友達のお菓子屋は、なぜか広大な畑の中にあった。

様々な作物が、誇らしそうに天に向かって、生き生き伸び、光に当たってキラキラ輝く。

ガラスがふんだんに使われた三角形の特徴的な建物にも、優しい緑がゆらゆら写り込んでいた。

畑を抜けて店内に入ると、明るく開放的な空間が広がっていた。

バターの芳醇な香りと甘く優しい香りが漂う。

ショーケースには、見慣れないお菓子や、カラフルなスコーンが並んでいた。

希以子が不思議そうにケースをのぞいていると後ろから声が聞こえてきた。

「色のついたスコーンは、畑の野菜が練りこまれているので、そういうカラフルなスコーンになっているんですよ」

希以子が振り返ると

「いらっしゃいませ!ご来店ありがとうございます」

そこには髪をお団子にした、ナチュラルな色合いのワンピースにエプロンをした30代くらいの小柄な女性が微笑みながら立っていた。

「久しぶりだね!元気してた?」

義光がその女性に向かって話しかける。

どうやら、この人が今回の取材をする相手らしい。

「こんにちは。初めまして」

希以子も挨拶すると、綿菓子みたいにふんわり笑って

「初めまして!今日は宜しくお願いします」

まるでお菓子のような柔らかい人だなと希以子は思った。

簡単な自己紹介をし、取材はお店のイートインスペースでイギリス風にアフタヌーンティーをしながら、音源を取りつつ2時間ほどかけて行った。

経歴をさらって、幼少期や学生時代、今の職業の始まりについてなど、様々な事を聞いていく。

人の記憶は曖昧で、いったりきたり、景色はモノクロだ。

でも思い出が蘇ってくると、一気に色が増し、過去が急に色づき、熱を帯びてくる。

彼女の話の中身は、予想に反してお菓子のように甘いものではなかった。

苦く、そして苦しい物語だった。

あまりの理不尽な生い立ちや人生に、なんでこんなに努力している人が、こんな目にあうんだろう。希以子は顔を曇らせた。

「でもね」

それを察した女性が続ける。

「私は過去のことも何も恨んでないし、後悔もないんですよ。ただ、困難を言い訳に夢を諦めたくなかったの」

希以子はふわっと笑う女性の目に強さを感じた。

「負けず嫌いなのかな。でも困難があったから、私はこのお店に余計真剣になれたんだと思うんです」

「だって馬鹿らしいじゃないですか。何かの為に諦めるなんて。何があっても自分次第なんだし、どんな時も何かできることくらいあるはずだし」

ちょっといたずらっ子のような口ぶりで、にこっと笑って続けた。

彼女は過去を見ていない。

過去を吸収して、今を見て、今を生きている。

まっすぐ前を見据えた、強い意志の表れた瞳。

希以子は吸い込まれそうになった。

帰りの車の中では、義光が「すごかったね」とポロリと口にしただけで、こんな壮絶な人生をどう短編小説に落とし込むか、難しさと話の衝撃さに、2人ともその後一言も喋らなかった。

ただ、時系列を並べて、その人の歴史を書くには十分だった。

でも、、小説のように入ってもらうには、、

違うな、、軽すぎる。

もっとあのお菓子のように深く、いろんな味がするべきだ。

人生は、時に苦く、甘く、切ない、いろんな味が混ざっている。

それをおこがましくも、他人が創作し、語るのだ。

他人を語るには、その人に愛情持って深く考察し、感じ取って自分なりに消化し、一部にして表現しなくては。

それにはまず、“知ること”

今回は、イギリス菓子職人。

希以子は自宅から少し離れた大きい図書館に行くことにした。