編集長 田中智崇のはじまり
運命のひな祭りの日
内容は製造業の未来についてだったと思う。
最前列の席の真ん中。おそらく、関係者が座ると思われる席に陣取った。
1時間後に講演が終わり、いざ!と思いきや、交流する時間は設けられておらず、考えあぐねいていた。
「あなた、緑川さんの知り合い?」
隣に座っていた一人の女性が、急に話しかけて来た。
「いえ。でも、緑川さんと話をしてみたくて、ここに来ました」
「今日、緑川さんの誕生日なの。これから誕生日パーティーがあるけど、あなたも来る?」
「え!いいですか!?ぜひ、参加させてください!!」
まさに渡に船、コネもツテもないのに奇跡的に道が繋がったことに心が躍った。
会場は、会ったこともない“緑川さん”にぴったりなムーディーなオシャレバーのような雰囲気で、思ったより近しい人たちが集まるパーティーのようだった。
「じゃあ、後は、頑張って!」
パーティーに誘ってくれた女性はこの言葉を残して、軽やかに去っていった。
会場に残された私。当然、「あいつは誰だ?」という視線が注がれた。
私は“緑川さん”に初めて会うのに、何故か誕生日パーティーに参加するまでの経緯を説明した。
「え! それで、ここに辿り着いたの? お前、すげえな」と一言。
言われた言葉が心地いい。初めて会うのに、初めて会った気がしない。
それもそのはず、実は1ヶ月前に夢に見た風景とそっくりだったのだ。
不思議な縁に導かれ、私は何かの衝動に狩られたように、緑川さんの参加しているイベントや勉強会に顔を出すようになった。
気になるイベントには積極的に参加し、多くの中小企業の方と交流を深めた。
緑川さんは、まるで私のガソリンのような存在だった。
目まぐるしく変わる自分の世界に、記憶があやふやになるぐらい飛び回った。
時に冷たい目が、言葉が、相変わらず届いた。
そんなことはどうでもいい。
怖いものはなかった。動いていないと気が変になりそうで、ひたすら動き続けた。
必死だった。
どうにもならない、もどかしい灰色の重たい現実を
憧れの製造業に何か自分が少しでもできれば、
いや、今思えばそれとも違ったのかもしれない
ただ自分の未来に 今に 色を取り戻したかった。
がむしゃらに動いたことによって、気づくと狭かった私の世界はあっと言う間に広がっていた。
勤務する会社で ものづくりの新規事業が形になり始め、開発の為、単身ベトナムへ行くことになった。