マジシャン Mintoのはじまり

ショーのお姉さんの仕事で司会業もかじっていた私は、今度は結婚式とかの司会業をやりたいなと思って、フレンチレストランでのバイト時代に知り合ったブライダル司会の社長さんを紹介してもらい、ブライダルの世界に飛び込むことになった。気分はウキウキ!!これから目の前に広がるであろう新しい世界に胸躍らせていた。…はずだった。

ここから偶然と天然の勘違いで予想外の展開が待っていようとは夢にも思わず…。

事の始まりは、社長さんとの打ち合わせだった。
社長は、履歴書に目を通しながら、

「あら、いろんなパフォーマンスをしてきたのねぇ。ダンス、風船、ハンドベル…あら、マジック? マジシャンMC…、いいじゃない。余興のこと相談されるケースも結構あるのよ。
マジシャンMCね!面白いじゃない、それでいきましょう!!!」
社長は張り切った声で徐々にクレッシェンド(だんだん強く、大きく)していくのとうらはらに、 私のハートはデクレッシェンド(だんだん弱く、小さく)なっていった。

確かに履歴書にはやってきたこととして書いてはいたんだけど…。ダンスショーの中で、マジシャン役を担当していた事があったけど特にマジックに興味があったわけでも得意だったわけでも全くなかったし…まさかそこにスポットが当たるとは。
私はウキウキした気持ちから一転、自信どころかビジョンが全く見えなくなってしまった。とりあえず動揺を見せてはいけないと思い、

「マジックは専門的にやっていたわけではないので…。ちょっと調べてみますね。」

と穏やかな笑顔を演出しつつ、その場は切り抜けた。
内心、さあ、どうしよう!!でもまあ、これも乗りかかった船。とりあえず、マジックと名の付くものを見に行くかな。
私はつらつら考えながら、帰りの電車に揺られていた。目に入ったのは電車の中吊り広告の某ホテルのイベント情報。その一部に“レストランでテーブルマジック”の文字。
これは!!と思って早速、家に帰るなりパソコンで検索する。
“○ホテル■マジック”
出た♪出た♪♪これぞまさしく、先程チェックしたホテルのHP。
そして、その中にとても興味深い言葉が…“マジシャン募集中”
これはもしかして、ホテルでウェイトレスをしながらマジックの技術を教えてもらえる!?
藁をもつかむ思いだった私は、迷わず問い合わせメールを打ち始めた。

“直接お電話でお話しましょう”のメールの返信を経て、ドキドキの2コール!!
電話に出たのは、男性。丁寧でかつ全く無駄のない、そしてやけにかつ舌のいい(言葉がはっきり聞こえる)話し方は、とても印象的だった。

「マジシャン募集の件で問い合わせをした者です」と私。

「マジックは、何かできますか?」と素晴らしい滑舌でレスポンスが返ってくる。
「もう何にも分からないんですが、勉強したいと思ってます!」
「マジックは初心者でも、募集していますよ。」
初心者OK!…よかったぁ~♪少し光が見えてきたかしらん。ほっとしかけたところに、
「女性マジシャンも仕事はあるし、TVとか出たいのかな?」
「へ??」

私にとってあまりにも予想外の質問が飛んできたので、一瞬思考がストップ。
何かがおかしい…。その後、終始男性側のペースで話が運ぶ。

「とりあえず、一度事務所に遊びにおいで」

あぁまずい…。

私のなんとも言えない気持ちとは裏腹に、話しはまとまって電話を切った後は一気に脱力して、私は放心状態。
やってしまった!とんだ勘違いだ!!
私はホテルのアルバイト募集だと思ったら、ホテルにマジシャンを派遣してるマジシャン事務所の募集だったのだ。
ホテルでチラッとマジックをかじれるのかな~位に考えていたけれど、とんでもないっ!本物の本物のマジシャン募集だったんだーーー!!
私は自他共に認める不器用なのでマジックはかなり縁遠いものだった。
幼少時代から不思議を追求しようとしたこともなければ、TVでマジック番組を見かけてもチャンネルを変える子供だった。本物のマジシャンなんて、雲の上の人。まさか、自分がマジシャンになんて考えた事もなかった。
そんなマジシャンの世界が突如目の前に現れるなんて、人生って分からない。自分にとってありえない世界だとは思ったけど、持ち前の好奇心と怖いものみたさで約束もしたし事務所へ行くことにした。