知らない、大人たちへ(高校生 龍 香好さん)
もともと私は、演劇が大好きである。部活は毎回楽しいし、何でもかんでも部活を優先するほどである。
「あんたってほんと演技好きだよね」
と、劇部の部長から言われたほどだ。たしかに自分でもそう思う。演技、というよりは、演じることに関連したもの全てが好きだ。ドラマ、舞台、ミュージカル、映画、コント、などなど。自分が演技をすることももちろん好きだ。自分が全く知らない架空の人物を作り上げ、その人になりきる。舞台上では、いつだって全くの別人になることができる。その感覚が好きで、4年も続けられている。と、私は勝手に思っている。だから、自分が好きな作品を観るときに、「この演技はどうやってやってるんだろう」「この時どんな感情かな」「この空気感いいな」なんてことを考えながら観てしまうのが、最近の癖だ。
-- ふと思った。これは、コロナだろうがコロナじゃなかろうが、関係なく出来るのではないだろうか。外に遊びに行けない。旅行もできない。学校行事も軒並み中止。それでも、好きなことに熱中するのは、どこにいても、どんな時でもできることだ。
私の学校では、9月末に文化祭が開催予定だ。もちろん、演劇部も参加する。去年は、できなかったことだ。初めてキャストとして参加する文化祭。どうか開催してほしいと願うばかりである。
とは言っても、別に部員やクラスメイトが毎日こうしてコロナのせいで学校生活が楽しくないと言われたらそうではなくて。ちゃんと、楽しくやっている。出来ないことは増えているが、その中でできることを精一杯やりながら楽しんでいるのが、学生の現状だ。だからと言って勘違いしないでほしい。私たちは、「このままでいい」と言っているわけではない。
「シーン2いきまーす。はい」
この練習が無駄になりませんようにと、心のどこかで思いながら、シーン練習が始まる。いつものように、頭の中に入った知らない人の会話を、私たちが体現する。あたかも、本当に存在するように。それでも完璧にできる人間などそういないわけで、シーン練習が終わった後の反省会では、意見が途絶えることがない。
「ここ昨日より良くなってた」
という場面もあれば、
「ここはもっとこういう方がいい」
といった指摘もある。こういうのを全部、生徒同士で行う。たまに顧問が入ってきて
「よかったけど、今コロナだから、なるべく近づかないでね」
と言って、去っていく。
無理だ。そんなの、できないに決まってる。言いたいことはわかる。でも、馬鹿じゃないの、と、どうしても思ってしまう。演技は、演劇は、日常の延長線だ。舞台を見る人にとっては、観劇は非日常空間を体験する時間かもしれない。だが、登場人物にとっては、人生の一部分を切り取られているだけなのだ。普段過ごしている日常の延長線上に、観客と共有する日常が存在する。語彙力がほとんどないので多分伝わってないとは思うが、そういうことなのだ。どうか理解してほしい。