インクデザイン合同会社 代表社員 鈴木潤のはじまり
社名は、確か5月か6月、通勤中に風に吹かれながらロードバイクに乗っている時にかっこいいのがいいなと考えているとふいに思いついた。
“inc”は海外で使用されることが多い表現で、多くの会社名の後につく。会社をデザインする意味も込めて“インクデザイン”。なおかつ逆から読んでもインクデザインなんて遊びゴコロも入れてみたり。とはいえ正直ちょっと気に入ってないところもあるけど。
実はインクデザインって社名ともう一つ候補があって、それは“クリエイション”。
この名前にピンときた方とはいい酒が呑めそうな気がする。
創業のその日は、息子の幼稚園の願書を取りに夜中から並んでいた。寒かったけど日が昇ると晴れ間が広がり、太陽が僕を明るく照らした。
でも僕の気持ちは、そんな晴れ晴れとしたものとはちょっと違った。
世界がぱぁっと急に広がって、大草原にポツンといる感じ。
自由な反面、誰にも必要とされなかったらどうしよう…。
世界が広がっていく気持ちの反面、世界が狭まっていく気持ちもあった。
でも立ち上げは創業支援施設のブースを借りていたため、周りには起業仲間がいた。
僕は世の中に生かされている。縁をすごく感じた。一人じゃない。独立して謙虚になれた。
それと同時に僕は独立自体がゴールになっていて、その後の地道な事業の基盤作りをイメージできていなかったので、本当のスタートはこれからだった。
組織を出てはじめて、外の世界には凄い人たちがいることを思い知らされ、自分がまだ至らないことへの恥ずかしさや焦燥感、いろんな感情が入り乱れてストレスの多い日々。
僕は現実のギャップに負けてしまわぬよう、『pink punk inc.』という言葉を掲げ、同調圧力に屈しないパンクな心で、自分たちの信念に従い動くことを大切にしよう、幸せな世の中のために挑戦しようと心に刻んだ。
ありがたいことに創業当初から起業仲間の名刺を作る仕事や、前の会社からのお付き合いなどで仕事はあったので、僕はいただいた仕事に精一杯取り組んだ。その後、オフィスは個室に移って創業から1年後に前の会社の同僚が一緒にやることになった。
気付いたら最初の1年は2日間くらいしか休んでいなかった。
少しずつ順調に進んでいた日々の中、企業ロゴを作る仕事をすることになった。
その企業は木を扱っている会社だったが、木をモチーフにしたロゴではなく、そのイメージから脱却したいとのことだった。
「代替わりにせっかくだから、新しいイメージのロゴに変えたいんですよ」
ご依頼者の社長さんはとても熱い方で、ああしたい、こうしたいと色んなお話をしてくださって、その熱心な想いは僕にもガンガン伝わってきた。
僕は話してくださったイメージを一つ一つ丁寧にデザインに落とし込んで、会社の頭文字を彩る様々な色で多様性を表現したロゴを完成させた。
後日、出来上がったロゴデザインの資料を持って会社を訪ねた。社長さんの熱い想いを僕なりに込めたデザイン。実はそれは使いたくないと言われた、“木”をモチーフにしたデザインだった。
僕は少し緊張しながら、一つ一つロゴに込めたデザインの意味を説明した。
「ここはお話して下さったイメージで仕上げていて…」
社長はデザインの提案の書類を持つと、小刻みに震えていた気がした。
僕は一瞬目を見張る。
「―いやぁ‥嬉しい。」
社長の目からは熱いものが溢れていた。
「このロゴ、私が思っていたことを表現できたよ」
社長の暖かい涙が、僕の心をそっと優しく温かく包んだ。
あぁほんとやっててよかった!
この言葉で今までの苦労なんか吹き飛んでしまった。
僕は本当に嬉しかった。