インクデザイン合同会社 代表社員 鈴木潤のはじまり
留年しなかったら、情報処理なんて興味のないゼミに入らなかったし、今の僕とは違うものになっていたかもしれない。もっというとさほど何も考えず入った大学が、僕のこれからに関わるものに出会わせてくれるとは。
人生何が起こるかわからないもんだ。
情報処理のゼミは当時普及し始めたパソコンが使われた。
今では想像するのは難しいかもしれないが、当時は長時間なかなか触れる機会がなかった。
大学のパソコンはその当時でも珍しく、あのリンゴがちょっとかけたマークでおなじみのMacが使われていた。
習った通り、スイッチを入れるとモーター音と共に、立ち上がりの音がする。
マウスを動かしてみるとカーソルが動く。
早く動かせば、カーソルが早く動く。
僕の動きに合わせて、パソコンが自由に操作できる。
僕は目を見開いて、Macに釘づけになった。
一瞬、呼吸を忘れる。
脳天をかち割られたような衝撃。
これは世の中 変わるぞ!
これは直感だった。
心臓が高鳴り、ワクワクがもう止まらない。
僕は、バイトで稼いだなけなしの10万円を握りしめて、後輩を連れて秋葉原にマックを買いに走った。色とりどりのギラギラしたネオンに、雑多な音が入り乱れる電気街は、僕のはやる気持ちを掻き立てる。
パソコン売り場には、ずらっと重厚感のある箱型のモニターが、歪曲した画面を光らせながら整然と並んでいた。
心が躍って、さらに僕の気持ちが高まる。
でも予算は10万円。
売り場にはもっと欲しいMacがあったが、当時のMacはまだまだ高く、手が出せるような値段ではなかった。
僕は予算で買えるコンシューマー向けの安いパフォーマー630というMacを購入することにした。当時のデスクトップのパソコンは、モニターがブラウン管のテレビのような形で、重さもそれなりにあった。
でも帰り道は大きな箱で重いのにそんなのを感じさせないくらい、僕の心は宙に浮いたみたいになっていた。
ようやく玄関に入れ、大きな箱をはやる想いを抑えながら、丁寧に開けていく。
机はなかったのでとりあえずちゃぶ台に置くと、僕の部屋じゃないみたいに、その存在感は半端なかった。
電源を確保して、スイッチを、グッと長押しする。
フォーン…
スイッチ音が部屋に響く。
僕の部屋に響く小さな産声。
ブゥゥゥン…
パソコンのモーターが回転し、小さく振動して、真っ黒い画面から命が宿るように、笑顔をモチーフにしたような立ち上がりのマークが浮かび上がる。
僕の心臓も震える。
コンピューターが熱を持つように、僕の全身にも血がグルグル巡って体が熱くなる。
その日から僕は、今までの遊びをしないで夢中でMacのキーボードを日々叩き続けた。
とにかく夢中で、子供に戻ったような感覚だった。
説明書などはなかったが、学校で使っていたので操作には苦労しなかった。
イラストレーターやフォトショップを使ってデザインぽいことをやったり、アプリやホームページを作ったり、Macのある毎日は僕をずっとワクワクさせた。
デザインとかDTPがMacでできるらしいと聞いて色々やり始めてみたが、本などをみてもよく分からず、うまくできなかったので、ビジネススクールみたいなところに通うことにした。
今思えばもうそれを仕事にしようと思っていたと思う。
大学4年生になり、(正確には6年生だが)、僕にもとうとう就活をする時がやってきた。