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インクデザイン合同会社 代表社員 鈴木潤のはじまり

「社長、僕はもっとデザインに力を入れたいんです」

と熱意を込めて説明しながら話した。

「それはわかった。でもそんな仕事、うちにないじゃないか」

そりゃそうだ。印刷の会社にそんな仕事があるはずない。社長がいうのももっともだ。

「お前、自分で仕事を取ってこいよ」

「わかりました!」

若かった僕は、次の日くらいからビシッとスーツを着てネクタイをキリッと締め、意気揚々と飛び込み営業に出かけた。

確かその時は夏で、セミたちがようやく来た自分たちの時代を謳歌するように一斉に歌い出していた。

僕はただでさえ暑いのに、スーツにネクタイ姿で、汗をダラダラかきながら足を棒にして歩き回ったが全く相手にされなかった。気分的にはすごく働いた気がしていたが、成果は全く出なかった。

そんな日々が続き、これはまずいな、効率が悪いなと気づき、別の仕事の実績があった代理店に営業に行くことにした。それでもやはり始めは取り合ってもらえなかったが、小さい仕事をコツコツこなしていくうちに、次はこんなんやってみる?と少しずつもらえる仕事のスケールが大きくなっていった。

そこから会社の中のデザイン事業が軌道にのって、数字が出せるようになり、それによって自分の発言が大きくなるようになっていった。なんでわかってもらえないんだと、今考えると僕は独りよがりになっていたのかもしれない。会社と話しても平行線で、歩みよることができなかった。

僕は朝から夜中まで仕事を詰め込んだ。その時は良かれと思っていた。

そんな生活を送っていたある日、確か子供が0歳くらいのあの日。震災は突然やってきた。

東日本大震災。

こんなことが起きるなんて‥。

僕は、連日報道される見たこともない景色が映し出されるテレビを見つめながら、家族といる人生を大切にした方がいいと心の底から強く思った。

僕は、仕事のコト、家族のコト、色々考えて40歳までには次の動きを決めたいと思って、39歳の誕生日の前に社長に話をしにいった。

めちゃくちゃ緊張しているのが自分でもわかった。

「出資してもらって僕に会社を作らせてくれませんか?」

今の会社では朝から晩まで仕事するスタイルは変わらない。会社を辞めず、このスタイルを変える僕なりの提案だった。

「―それは、無理だな」

「そうですか‥」

僕は一呼吸おいた。

多分最初で最期の言葉を、意を決して口にした。

「―辞めさせてください」

一瞬張り詰めた空気が流れた気がした。

「やれんのか」

社長がそんなことを言った気がする。

緊張した割にアッサリ僕は会社を辞めて独立することになった。

独立しようと思ってから迷いはなかった。それまであった心のモヤモヤは一気に吹き飛んで、空ってこんなに青かったんだなぁと久しぶりに視界がひらけたような感覚だった。

今考えれば、僕は会社を辞めたかったのかもしれない。

僕は起業に必要なスキルを身につけるため、区でやっている起業塾に通い、準備を着々と進めた。

2013年11月1日。

僕はインクデザイン合同会社を一人で立ち上げた。