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電子の世界で逢いましょう(大学院生 Reyoさん)

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そしてその日、僕たちのアバター2人は海岸沿いの拠点を訪れていた。

学生のころ地学を専攻していた彼女はともかく景色を見る目が細かく、岩礁の形状や崖に見える地層など、作り込まれた電子世界の中でも特に拘られた(であろう)部分をチェックするのに余念がない。

「熱心だねぇ」

「最近出かけられてないからねぇ」

僕の目には同じに見える岩も、彼女の目線ではきちんと特徴が分かれているらしい。

同じ場所をぐるぐると回りながら特徴をチェックし、満足したら今度は崖をチェック。その間、僕はアイテムを作ったり周囲の雑魚を狩ったり。気分は現地調査員の護衛だ。

柱状節理がどうとか、水による浸食がどうとか、細かくは理解できなくてもいろいろな考察をただ聞いているだけでも楽しい時間だ。

「今日も在宅勤務で。結局、3日くらい家から出てないから」

「ああ、そりゃあ……」

「見るだけで気分転換」

元から散歩やキャンプに行くことも多かった彼女にとって、在宅勤務の楽さよりも出かけられないストレスの方が勝るらしい。

「今は、こういう風に景色を見に出るのも大変だから、余計にね」

「そういえば、ダンジョンでも景色を楽しそうに見てたもんねぇ」

気になる場所を一通りチェックし終えて満足したのか、彼女のアバターが寄ってくる。

「クエストも受けたから、行こうか」

「了解、了解」

アイテム製作を止めて戦闘職にチェンジ。

行き先を確認して、オートランを入力。片手操作でだらだらと歩きながら、モンスターの生態について語り合う。

創作物について考察しあうのはいつものことで、デートで映画に行った後はそれだけで一晩潰せるほどだ。

ゲームの中でも、現実でも、すぐそばに居ないという1点を除いてまるでやっていることが変わらない。

だから、だろう。

「案外、外に出なくてもデートってできるもんだねぇ」

「そうだねぇ」

僕がぽろりと零した言葉に、彼女はほとんど間髪入れずに同意してくれた。

電車で3時間かかる距離は電子の世界では存在せず、隣り合うことの出来ない寂しさはアバターたちが隣り合うことで埋めてくれる。

僕たちのデジタルな逢瀬はそうやって始まって、冒険の日々を彩るささやかな日常として、今も2人の生活に根付いている。