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アニメーション作家 高橋生也のはじまり

自由は手に入れたが、卒業後一年目は、友人とのシェアハウスにも関わらず、お金がなさ過ぎて、たまに光熱費を滞納し、度々止まったりした。

ひどい時は財布に10円しかなくて、さすがにどうしようという時に、たまたまカードにあったポイントでジャガイモを買って凌いだりした。

お金はなかったけど、心は自由だったし、ビンボーも意外と糧になった。

しばらくして、少しずつ大きい企業の映像広告の仕事が入るようになって、生活が安定し始めた。毎月恒例の電気が止まるなどのイベントもなくなり、ジャガイモもポイントがなくても好きな時に買うことができるようになった。結婚もし、生活も落ち着いてきた。

お金に心配はなくなった。

でも僕の心はなんだか酷く疲れて、すり減っていくようだった。

広告の仕事は、自分の能力が評価されたわけじゃない。

自分がダメなら、替えがきく感覚があった。

これを50歳になってもやっていたいか?

僕は自分に問いかけた。

答えは明白だ。

芸術にかける時間は、決してお金に比例しない。

どんな作品にも多くの時間と、多くの人の思いと色んなものが含まれている。

お金ではない価値。

芸術家の永遠のテーマなのかもしれない。

作りたいものだけを作れるわけではない。

非効率のものばかり作っていては、生きていけない。

でも、でも そんなものばかりでは、心が すり減って、すり減って 自分の世界に戻れなくなる。

一番怖いのは、自分の世界がわからなくなって戻れなくなることだ。

自分でわからなくなったら、一体何を道しるべにして、戻ればいいのか、、

僕は、自分をすり減らす、生活のための仕事を減らし、自分の道しるべを作るフラッグを立てるように、制作の比重を増やし個展活動をすることにした。

コツコツ、コツコツ、

一枚、一枚、

絵を重ね、作品の1秒を作る。

アニメーションは自由自在だ。

現実は時が流れて、2度と同じ時間は来ないのに、時間を作り出すことができるのが魅力ではないだろうか。

どんなシチュエーションでも、自分次第で生み出すことができる。

自分の手で生み出された、時のかけらが繋がって、新たな時間が生み出されるとき、心の底から感動が湧き上がる。

個展を精力的に開催する日々は、安定した生活では得られない、充実した毎日だった。

たまにお客さんからは、これはどういうアニメーションですか?と聞かれることもあった。

僕はわからないものがあっていいと思っていた。

世の中はなんでもわからないといけない風潮がある気がするが、なんだか分からないものだって、存在しているし、存在していいんだよといってあげたいと思っていた。

あくまでもシンプルに、作り込まない余白の中を、自由にその時の気分で何かを感じてもらえたら、それでいいのだ。

収入のいい仕事を減らしたおかげで、すり減らした心はどんどん回復していった。

ただ、お財布の中身は笑えないぐらいすり減っていた。

ある日ファーストフード店で僕は妻と向き合っていた。

「もう、まずいよね」

もちろん、アップルパイのことではない。

とろっとろの熱々アップルパイが、ひんやり胃に落ちていく気がする。

「うん」

お金がなくても気持ちが壊れなかったのは、妻のおかげだ。

とりあえず、アルバイトをしようと、募集もしていないアニメーション会社に片っ端から履歴書を送りつけた。

あわよくばと思っていたが、結果は惨敗。

ここがドラマチックにならないところ、わかりやすく厳しい現実だ。

でも、厳しくても旗を立て続けた僕の元に、希望していた仕事が少しずつ入るようになった。今思えば、あの時ドラマチックな展開になっていたら、今の僕はまた違っていただろう。

コツコツ、コツコツ、人生もアニメーションのように時間の積み重ねだ。

今日より明日、明日より明後日、積み重ねて、一年前より僕はちょっとだけ上手くなったから、死ぬまで描いたら結構上手くなるかな。

偉大な映像を作るクリエーターや画家に近づけるように、今日も一枚一枚思いを込める。

僕は、自分を押し付けない、優しく包むような、シンプルでもじんわり心を温めるようなロウソクの火のような、そんなアニメーション作家でありたいと思う。

北風ではなく、優しく木を揺らすそよ風のように。

そっと風で誰かの頬を撫でる時、誰かが微笑んでくれたらいいな。

でも欲を言うなら、いつか天国に行けたら、先に行っているピカソやモネに囲まれて、“お前意外といい作品作ったな”って同じ目線で同じテーブルにつきながら、お茶会ができたらいいな。

同じテーブルにつけなくても、挨拶ぐらいできるくらいのアニメーターにはなっていたい。

憧れの先輩とお茶をするなんて、壮大な夢だけど、あの世のお楽しみを想像しながら、僕は今日もペンを走らせる。

※この小説は、出演者本人のインタビューを元に、Sainomedia編集部で創作した小説となります。