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ミニチュア陶芸家 市川智章のはじまり

ゆびろくろで作る器は意外と奥が深く、時間を忘れるくらい楽しい。

通常の陶芸が長話なら、ミニチュア陶芸は立ち話のようだ。

普通の陶芸ではできない、短い時間で土と向き合うことができる。

会社員をしながら陶芸をやる僕にとって、もっと陶芸に向き合いたい気持ちは常にあった。

でも時間が圧倒的に足りないと感じていた僕にはぴったりだった。

『これは魔法のろくろだ』

小さなろくろは、大きな縁を次々と運んできてくれた。

陶芸を普通にしていただけでは巡り会えなかった人と繋がって、夢だったミニチュア陶芸の教室を開くオファーが来たり、展覧会などに参加できるようになった。

僕の生活はさらにカラフルになって、ゆびろくろが回るように、そこから様々な縁が回り出した。

くるッ、くるッ、くるッ、くるッ、くるッ!

そう言えば、僕は何者になったのだろう?最近は、そんなことすら、気にしなくなっていた。

ただひたすら好きな陶芸を続けていただけだ。

暫くして、僕が何者になったかは、世間が教えてくれた。

僕は、土を何者にも出来るミニチュア陶芸家になった。

僕は今日も祖父と同じように土の声を聞く

くるっくるっ

ちょっと頑固な土

のびのびした土

いろんな個性の土達

土がなりたい形に僕がそっと手を貸す

スルスルっと土が答える

土はただの塊から、意味のある形に“何者”かになっていく

僕の今までの楽しい記憶は、手を通じて、土に伝わり、人を楽しませる陶器として姿を現す

くるっ、くるっ、くるっ。一つ、二つ、三つ、、、

数えきれない程のミニチュアの器。

白い美人な器。深緑の渋目の器。平たいもの。長細いもの。

みんな様々な顔をしている。みんなそれぞれ立派で可愛い。

祖父はなんていうかな。

平成最後、部屋の整理をしていたら祖父の器が出てきた。

手びねりの素朴な形で、薄い肌色の器に優しい水色の縁。

器の上部分には、〝平成元年〟の文字が彫り込まれていた。

なんともおじいちゃんらしいな。

僕は祖父のメッセージを受け取るように、微笑みながら、大切に飾った。

ミニチュア陶芸家としての僕は、まだ土に根を下ろしたばかり

成長し、そこから生える幹、枝、葉、やがて花が咲き、実をつけるまで、、

いや、いつか祖父に会う日まで

明日も明後日も、10年後、その先も、、

僕は ろくろを 回し 続ける

※この小説は、出演者本人のインタビューを元に、Sainomedia編集部で創作した小説となります。