merleオーナーシェフ 山中学のはじまり
最初は、自分達ができる範囲で、実家の精肉店のスペースで父と並んでフランス惣菜店として‘メルル’を立ち上げた。
メルルとは、ブドウなどの美味しい木の実を最初につまみ食いにくる、ちょっと食いしん坊な鳥で、日本ではクロツグミと呼ばれている。
美味しいものが好きな自分達にはぴったりな名前だ。
父には反対はされなかったが、硬い父とは、譲れないところがお互いあり、仕事の進め方や考え方ではたまにぶつかった。
お店はエピスリー、食品雑貨店をイメージして、基本全部自分たちの作ったもので、あとは是非おすすめしたい自信があるものを取り揃えた。
父の作るものと一緒に自分たちの商品が並んだ。
そして、納得するものができるまで2〜3年を要した自分達らしいメンチカツも。
ここからスタートして、いつか自分達の理想のお店を開こう。
メルルとして実店舗でのスタートは素直に嬉しかった。
オープンして数ヶ月、嬉しいことにお客様からはいいリアクションをもらえる事が多くなっていった。
もっと色々な料理を自由に作りたい気持ちはあったが、父と共同で使う実家の厨房は手狭で、作れる料理数に限りがあり、夏が近づくにつれ、厨房の暑さも怖いと感じていた。そのため、早く実家を出て独立したお店をやりたいと、物件探しを続けていた。
そんな中、駅近の居抜きの物件を見つけた。
ここなら少しでも理想的なお店にできるかもしれない。
多くのお客様の応援があり、お惣菜屋から独立した、レストランを開く事になった。
お店のコンセプトは町のフランス料理屋さん。
堅苦しい感じじゃなくて、気楽に楽しんでもらえるそんなお店を、、
自分たちの思いが詰まったお店がようやく完成し、軌道に乗りつつあったある定休日。
朝ごはんにキムチをつまみながら、いつものように食卓を囲んでいた。
突然、電話がなった。
「今、千葉にいるんだけど、お前の店を見られるか?」
練馬の、最初に勤めたフランス料理店のシェフからの電話だった。
突然辞めてしまったあと、その後きちんと話をしていたから、わだかまりは無くなっていたが、師匠が来るとなると事は重大だ。
キムチを呑気に食べている場合ではない。
「何もかまわなくていいから、ただお店を見たいだけだから」
師匠は言葉をつなげた。
自分は、師匠の到着時間などを聞いて、電話を切った。
ここから先は、緊張しすぎて、断片的にしか覚えていない。
師匠に突然、自分のオリジナルの料理を出す日が来た。
いろんな思いが入り乱れて、料理を出す手がカタカタと震えた。
心臓が飛び出しそうな、こんな緊張は久々だ。
料理は、看板商品のメンチカツ、メインにその時、自分が気に入っていたメニュー、牛肉に木の芽をピューレしたソースを添えた料理を出した。
「これ、山が作ったの?」
と、昔のあだ名で師匠の奥様が驚いたように言ってくれた。
師匠は
「こんなことしなくていいのに、、お前一人でやっているのか?」
多分、味の感想やら、もっと色々言ってくれていたと思うが、記憶が飛んでしまっていた。
初めて、自分のお店でオリジナルの料理を食べてもらえた。
自分は、ちょっと恩返しと成長を見せられたようで、少しほっとした。
お店は、理想通りには行かないこともあったが、自分達らしいお店に、さらにカスタマイズしながら夢中で少しずつ作り上げていった。
しかしながら、永田のお店は、アルコールを大量に煮詰めるなどフランス料理をするには、換気や厨房がイマイチなところがあって、改善が必要なのは感じていた。
そんな時、現在の場所、横芝光町の物件の提案が舞い込んだ。
物件は自然豊かな、木々に囲まれたペンションに併設された、三角屋根のガラス張りの建物。
濃い緑がガラスに反射して、柔らかな光と色が入り込む。
ここで料理ができる。
ワクワクして心が躍った。
自分たちはさらなる理想のお店にすべく、移転を決意した。
今、自分は小さい時からの夢を叶えた。
でも、何かに到達したのかもわからない。
今の時代、レストランは美味しくて当たり前。
美味しいだけじゃなく、自分達らしい、人間的なものは大切にしていきたい。
現在、お店のある横芝光町は、自然豊かで海や川、新鮮な農産物も、養豚場も近いから新鮮な肉も手に入る。料理をするのにもすごくいい場所なのに、認知度はあまり高くない。
いつか、自分たちのお店だけじゃなく、自分が住んでいる地域、自分たちに関係する人たちに何か還元できたら。
この場所で、パン屋とかケーキ屋とか、何かやりたい職人さんがいたら、その人の手助けができるようになりたい。
そしたら、この地域をもっと盛り上げていけるし、面白い連鎖が生まれるんじゃないか。
面白いことを一緒にやれる人が、集まるといいな。
そんな楽しい未来を描きながら、今日も、命と向き合い、丁寧に、誠実に、ダシをとる。
お客様が楽しんでくれる
美味しいと言ってくれる料理を
手をかけて 大切に作り “続ける”。
単純だけど “ 続けること”
これがありきたりだけど、これが大事。
※この小説は、出演者本人のインタビューを元に、Sainomedia編集部で創作した小説となります。