merleオーナーシェフ 山中学のはじまり

その頃、学校の紹介でアルバイトを練馬のフランス料理店ですることになった。

普通、サービスから始めるので、料理に手を出させてもらえるのに時間がかかるところ、なんでもやらせてくれた。自分はそこに卒業後そのまま就職した。

自分は、ここのシェフのソースも大好きだった。

1つのソースから、新たなソースを派生させる。

コクがあって軽やかで酸味甘みのバランスがうまい。

勉強にはなったが、ホールも調理もこなす日々は、毎日本当に多忙だった。

週一休みは一応あったが、終わらなかった野菜の仕込みや雑用で、休日もこっそりお店で仕事をした。

先輩はいなかったので、なんでも自分で勉強した。

毎日お店を出ると、周りはネオン以外の明かりはなく、まるで自分の心のように深い闇に包まれていた。

自分はお店まで自転車で通っていたため、帰ろうと疲れた体をなんとか動かし、鍵を外した。

ポタポタッ

何かが黒いサドルに水たまりを作った。

あれ?

自分は頬を触った。生暖かい水に指が触れる。

それは自分の涙だった。

気がつくと目から涙が溢れていた。

いつからか毎日、帰りに涙が溢れるようになっていた。

毎日、毎日、、

悔しいやら、疲労やらなんだかわからない色んな気持ちの入り混じった涙。

なんだか気がついたら、いっぱいいっぱいになっていた。

今思えば、要領よくできたところもあったはずだが、余裕が全くなくなって、自分は完全にドツボにはまってしまった。

プチン

心で何かが切れた音がした。

「すいません。もう辞めます」

自分は、お店を辞めた。

多忙な日々は突然終わった。

これからはゆっくり、やりたい事を探せばいい。

相変わらず、毎朝起きると、傍らには料理の本があった。

いつもの習慣。おもむろに開く。

師匠からの教えで、料理の本はあちこちに置いてあった。

何がしたいか、好きな事を思い浮かべた。

びっくりするくらい、全く、全く、何にも浮かばなかった。

友達と気晴らしにご飯に出かけた。

あぁこのソースは、、味付けは、、

また料理について考える。

自分はどうやら料理以外、好きなものが見つからないらしい。

ちょうど友達とフランス料理のお店に食べに行ったとき、人手が足りないと友人がヘルプで入ることになり、自分も一緒にヘルプで入って、再就職した。

お店は自由な雰囲気で、好きなものを作ることもでき、楽しかった。以前よりは少し要領よく仕事ができるようになり、ワインの勉強もし、ソムリエの資格も取った。

そろそろフランスに行こうかと考え始めていた。

でもその前に、ワインを作るところを見てみたい。

ワインを飲むところから、作るところに興味が湧いていた。

自分はソムリエ仲間と山梨のワイナリーを巡る旅に出ることにした。

電車の窓から外を眺めると、冠雪した富士山が凛とそびえ立っていた。

雄大でなんとも綺麗。

冬の山梨は寒さが厳しく、キンキンに冷えた澄んだ空気がチクチクと頬を刺した。

真っ青な大空の下に、多くの葡萄棚が連なっていた。

冬で葉っぱは落ちてしまっているが、力強い枝たちが、たくましく棚を覆い尽くし、一面葡萄棚が続く風景は圧巻だった。

自分達は目当てのワイナリー併設のレストランに入った。

レストランでは、地元の素材を生かした「ヤマナシフレンチ」が楽しめた。

自分はここのワイン造りの責任者のワインがすごく好みだった。

自然に近い環境で、こだわった土作りから生み出される、ナチュラルな製法のワインは口当たりが柔らかく、ブドウ本来の美味しさに溢れている。

たまたま、レストランではグランシェフと話すことができ、色々話しているうち、そのまま面接になり、あっと言う間にここで働く事が決まった。

東京に帰ってからは、バタバタと引越し準備をして、1ヶ月後くらいには山梨で働き出した。

料理の勉強をしながら、畑のことも学んだ。

ワイナリーでは排水溝の掃除までした。酸化防止剤をあまり使わないようにするには清潔さが大事で、フィルターをワイン担当者がジィッと見つめ、少しでもオリが見つかると指摘が入った。

ここでは、色んな事が新鮮だった。

野菜も、空気も、システムも。

東京では、業者さんに頼んで自分が欲しい、必要なものを選ぶ。

だけど、ここでは自分が動かないと欲しいものが手に入らない。

当たり前だった事が、当たり前じゃないんだと改めて気づいた。

自分は、ジビエが欲しかったのと、最初から最後まで、料理にするまでをやりたくて、狩猟免許もとった。

大地に根を下ろして、自然の恵みをおすそ分けしてもらう。

命を、大切に、おいしく、頂く。

フランス料理は、食材を1つも無駄にはしない。食べられない部分はソースに活かしたり、フライパンの焦げさえもソースに旨みとして入れ込む。

美味しく、無駄なく頂くのは、命をくれたものへの敬意。

雄大な、緑豊かな土地で、自分は結婚し、お店で料理教室もするようになった。

フランス料理は堅苦しいイメージがある。

慣れないキレイめの服を着て、緊張しながら、食べる。

そういうものじゃなくて、もっと気軽にフランス料理を楽しんで欲しい。

自分はお肉屋さん出身だから、自分らしいもの、、

そうだ、メンチカツはどうだろう。

フランス料理の核を入れた、丁寧なだしの効いた特別な自分達らしいメンチカツ。

自分は奥さんと一緒にメンチカツの試作を始めた。

山梨のワイナリーで勤め始めて約4年近く、2人目を授かったのを期に、今が動きどきだと感じた。

お店を出すなら、やはり、地元である好きな千葉で出したかった。

自分達らしいお店をやろう。

2人の地元でお店をやるべく、千葉に戻る事を決めた。