ミュージシャン 芥 大田誠師のはじまり
高校生になると、新聞配達→部活の朝練→授業→部活の夜練それに加えて、深夜のラーメン屋でアルバイトを始めた。
バイトを終えると、外は漆黒の暗闇で、田舎の星はまるで降って来るようだった。
帰り道は、眠くて眠くて、度々ガソリンスタンドのロープをくぐって、敷地で寝落ちした。
稼いだお金で、ジーパンを買ったり、ポスター欲しさにわざわざ遠いCDショップに買いに行ったりした。
高校には色んな中学校から色んな奴が来ていて、凄腕のベーシストや、それぞれ音楽をやってきた人達がいて、文化祭に向けて新たにバンドを組んで、オーディションに参加することになった。
練習場所は友達の家の物置の2階。
僕はその時も、遊びの中の遊びのつもりだったから、変に責任を負いたくなくて、都合が良さそうなギター兼コーラスを担当した。
歌声が緑の山々を彩って、楽器の音が空気を震わせる。
濃い緑の山が、僕たちの音に応えるようにこだましていた。
僕たちは、大自然の中、爆音をぶちかまして練習に明け暮れた。
練習の甲斐があったのか、僕たちのバンドは、先輩を差し置いて、文化祭に出るバンドに選ばれた。
文化祭の会場は、体育館だった。
なんとも言えない、もわんとした重たい空気。
ギュイィンッ
空気を一掃するような、突き抜けるギターの音。
ドュドドッッ
地響きのような下から突き上げるようなドラムの音。
体育館は一瞬にしてライブ会場へと変わった。
あいつら誰だという感じで僕らを見ていた先輩やみんなが、音の熱量につられて、体を揺らす。どんどん盛り上がる。
ウオォー!!
体の底から何かが湧き上がる。
僕はうっかりこの時、知ってしまった。
サーモグラフィーが真っ赤になる瞬間を。
僕が今まで熱量を注いでいた絵にはない、熱い、暑苦しいほどのエネルギーのかたまり、魂の魂の叫び。
絵は静かな魂の叫び。心が熱くなったとしても、きっとサーモグラフィーは青だ。
歌は、サーモグラフィーなんかなくても、お互いの熱量が伝わる。
僕はこの熱量に魅せられてしまった。
高校を卒業したら、僕はアート系の専門学校に行くつもりだった。
バンドもやっていたが、小さい頃から絵を描くのが好きだったし、高校生になっていても絵は続けていたから、母親もその進路で疑っていなかった。
専門学校の願書の期限が迫っていた。
その日も終わろうと、夕日が落ち始めていた。
濃い緑の山が、暁に染まるマジックアワーの時間。
「願書は出したの?」
と母。
「早めに出しなさいね」
僕はあの、と言って言葉を一旦置いた。
もう一度決意を固め言葉を続けた。
「あの、出さんと思も」
僕は心に秘めていた言葉を続けた。
「音楽をしようかと…」
母は僕が突然、願書を出さず音楽をやりたいという発言に目をまん丸くした。
「あんたは、何言ってるの?!」
声を荒げると、母は肩を大きく揺らしてボロボロ涙を流した。
母は突然の宣言に号泣した。
専門学校に行ったって、必ず絵で食えるわけじゃない。
でも、ずっと絵を続けていたから、親はその進路で行くと思っていたから、唐突すぎる告白に母も戸惑ったのかもしれない。
でも僕も途中まではそんな進路を考えていたはずだった。なんとなく今までの惰性で絵を描いて、絵の学校へ行き、なにかしらの絵にまつわる職に就くのだと。
でもそんななんとなくや惰性が文化祭以降、燃え落ちてしまっていた。
僕はどうしていいかわからず、じっとおし黙った。
情熱を絵を描く紙から空気を振動させるものに変わっただけ。
僕は音楽の道に進むのになんの違和感もなかった。
僕は宣言通り、卒業した後、音楽の道に進むため、家を出た。