町工場親善大使 羽田詩織のはじまり

その中でも町工場と子供達を繋げるイベントは、予想以上の規模に発展していった。

声優や司会などもやりながら大好きな町工場に関われるのは、ものすごく楽しく、充実した日々だった。

ふと、気づいたら、少しずつ、少しずつ、私は群れからはぐれていく感じがした。

あれっ。私は声優なのに、町工場が楽しくて楽しくて、、このまま声優の世界にいていいのか、、葛藤と迷いが生まれていた。

私が溶接している間に、同期はアニメソングを歌い、声優の世界で活躍している。

でも、私は、、

町工場を応援し続けたいのに、初めは100人規模だったイベントは、いつの間にか1500人規模になり、小規模から大規模なイベントに発展していった。

声優をやりながら、個人で抱えきれなくなってきているところもあった。

そんな日々の中、事業コンサルティングやコンテンツ制作の会社からナレーションの依頼が舞い込んだ。

休憩時間などの合間に、町工場のグッズを社長さんに紹介したら、まるで行商が始まったぞ、みたいな感じで興味を持ってもらえた。

その会社では農業と学生をつないで地域活性化をするような活動をしていて、町工場でもそれができないかと考えていた私は、社長さんとの話で意気投合した。

「君のやっていることは意義がある」

社長さんがいってくれた。

「でも、タイムイズマネーも重要だよ。君の活動の時間を、例えばお金に換算するとこうなる」

私はそんなことを考えたこともなかったので、あまりの金額に衝撃を受けた。

そんな私を横目に、社長さんはスラスラッと説明を続けた。

「非常に良いことをやっているのに、このままやっていると君はパンクしてしまうし、継続できなくなってしまう」

自分が好きでやっていたから、ボランティアなことも多かった。

私の純粋な仕事は声優。それ以外は完全に自分でやっていた。

私はドキッとした。

「だから、継続できるようにしよう。」

「一緒にやろう。」

私は、声優事務所から現在の会社に転職した。

『あなたが今使っているボールペンは、完成するまでに何人の人間が関わっていると思いますか?』

当たり前に、いつもそこにあるもので特別に思ったり、ボールペンについて思いを馳せたことなんてなかった。

たかだか100円台で買える、この便利なツールは多くの人の努力の結晶。

大作映画のエンドロール並みに、関わっている人達がいる。

名前は特に残らない。

でも影で大いに支えている。

そんな一人になりたいといってくれる人が一人でも増えてくれたら。

私は今、新たなイベントに向けて活動を始めている。

今までの活動は、地下アイドルみたいな町工場の魅力を広める活動で、これからは大好きな町工場を無くさないための活動が必要だと感じていた。

事業継承を考えると、次世代を担う学生に知ってもらう機会を作る必要がある。

ものづくりは、食だってあるし、生活に関わるもの全ては“ものづくり”でできている。もっと幅広く体験できて学んでもらえる場が必要だし、間近で、技術を見て、職人さんのモノに対する愛を、熱を感じてもらいたい。

世界は、モノという愛に溢れている。

私達は、いつでも愛に包まれている。

今日も、鉄塔は誇らしそうに、スッと天を指して、人々の暮らしを見守っている。

電線は、風の強い日も、雪の日も、時には激しく揺さぶられながらも、電気を送り、私達を暖かく包んでくれている。

今日も、1日が終わろうとしていた。

私は、愛用のカメラを空に向けて構える。

空は高く、鉄塔の後ろを暁に染まった雲がゆっくり流れていく。

自然と、人間が作り出した無機物のコラボ。

私はシャッターを切る。

めいいっぱい頑張った日は、美しい夕日も格別。

そんな夕日が拝めるように、明日も頑張るぞ。

愛しの町工場が、国民的アイドルになれるように。

私は、明日も応援のペンライトを力の限り、精一杯振る。

※この小説は、出演者本人のインタビューを元に、Sainomedia編集部で創作した小説となります。